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NUMBER
16
TITLE 東慶寺花だより(文春文庫)
AUTHOR 井上ひさし
DATE 2015年8月22日(土) 14:00-17:00
PLACE 池袋
FEE 1000円
NOTE 終了後に「おにまる」にて二次会、「ひかり」で三次会を開催しました。

about the book

寺の境内に身につけているものを投げ込めば、駆け込みは成立する――離婚を望み、寺に駆け込む女たち。夫婦のもめ事を解きほぐすと現れるのは、経済事情、まさかの思惑、そして人情の切なさ、温かさ。今年、「駆込み女と駆出し男」として映画化された、井上ひさし晩年の作品。

about the author

井上ひさし(1934‐2010)
山形県生まれ。上智大学外国語学部フランス語科卒。浅草フランス座文芸部兼進行係などを経て、戯曲「日本人のへそ」、NHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」などを手がける。47年「手鎖心中」で直木賞受賞、54年「しみじみ日本・乃木大将」「小林一茶」で紀伊國屋演劇賞、翌年読売文学賞戯曲賞を受賞。56年「吉里吉里人」で日本SF大賞、翌年読売文学賞小説賞を受賞。平成11年、菊池寛賞受賞。16年、文化功労者。

from the facilitator

「縁切り寺」として有名だった鎌倉の東慶寺に最近行ってきました。ここを舞台にした小説ということで、ぜひ読んでみたいと思いました。外国小説続きだったので、ひさしぶりの純和風にひたりたいと思います。

【今回選ばれなかった候補作品】

読書会を終えて

江戸文化の紹介

この物語は、「オール讀物」に足掛け11年かけて連載された、いわゆる連作短編集です。男女のもつれっ話を、駆け込み寺脇の宿の面々がほどくという趣向なのですが、それぞれの物語が短く、正直言って、読み応えという点ではちょっと物足りない感じも否めませんでした。
しかし、江戸の風俗やや食べ物や諸々のウンチクがちりばめられていて、話の展開とはまた別にそこを楽しむという作品になっているようです。

たとえば、砂糖の流通事情を記したひとつめの引用しかり。その次の引用は、「献残屋」という聞きなれない商売の紹介。こうしたトリビアにへえ、と感心しつつ話が進む具合になっています。

「オランダ渡りが江戸に着くまで、そこまでがたいへんでなんですよ。大坂の問屋さんが長崎で買い付ける。船で大坂へ回す。そこからさらに江戸へ回す。もともと値の高いところへ、船賃がかかって、値いがうんと高くなります。これを前門の虎にたとえれば、後門の狼は国内産の砂糖でしょうか。近年は、薩摩産、土佐産、伊豆七島産、和泉産、讃岐産、そして阿波産など、どこの砂糖も品がよい。おまけに安い。つまり、商いに甘みがなくなりました」(26ページ―「おせん」)

献残屋は、世間にはあまり知られていない商売で、じつをいうとわたしも今度の一件で知ったばかりだが、この献残とは「献上品の残り物」という意味。御大名、御旗本、御家人衆にはそれぞれ官位叙任やお目見(め みえ)や家督相続といっためでたい節目がある。町方でもお中元やお歳暮という儀礼がある。その際には、熨斗鮑(の し あわび)、干魚(ひ もの)、昆布、葛粉、片栗粉、唐墨(から すみ)、海鼠腸(こ の わた )、雲丹、墨、硯、筆といった贈答品が江戸の町町を飛び交い、貰った方はどなたも持て余す。そこで不要な贈答品をこっそり献残屋に持ち込んで金に換える。一方、だれかに品物を贈ろうとする者も夜更けなどに頭巾を深深とかぶって献残屋の裏戸を叩き贈答品を見繕う。すべて中古品だからその分だけ安く上がるという仕組みだ。日保ちのいい唐墨などはこの伝で師走一ト月のうち十回も二十回も御用をつとめるという。(297ページ―「菊次」)

また、主人公が物書きのはしくれという設定もあって、当時の滑稽話をもじった作中作ももりこまれ、これがなかなか愉快です。

虱仲間の義は、先祖は白身と申して貴人の末裔にて候。近頃の諸人は、水銀の毒素を股間などへ擦り込むことをいたづらに好み、われら根絶やしの危うき淵に立つて、はなはだ難渋致しをり候。お叱りの段、重々もつともなれば、銘々きつと相守り候間、なにとぞ水銀毒薬の義、御差止め下されたく御願ひ申し上げ奉り候。なほまた、われらを捕らまへて火中に投じ、パチンと弾けるのを見て楽しむは、残忍この上なき仕打ちに御座候間、これまた御差止め下されたく願ひ上げ候。(32-33ページ―「おせん」)

いまよりもはるかにノミシラミや蚊が多く、身近な存在だったことを感じさせます。
次の引用は、江ノ島での遊女遊びの紹介です。本当にこんな遊びがあったのかはともかく、いかにも可笑しい場面です。

トラばあさんは一升徳利を股間に下げ、女は両手を円くして前に当てがい、「ここから好い好い」という囃文句に合わせて、たがいに卑猥な身振りで体を寄せ合ってゆく。
こう見えても作者のはしくれだからこういうことは耳学問でしっかり仕込んでいる。これは近ごろ江ノ島の怪しげな宿屋で大流行の酒席の余興だ。客と相方の妓(おんな)が一つ布団で寝る前に、こんな妙竹林な踊りのようなものをして、味な気分をうんと盛り上げるのである。(239ページ―「おけい」)

見事な決め文句

劇作家らしく、各短編はみごとな決めの文句がちりばめられています。

「子孫の数を数えて、それが真の友人の数を上回ったとき、ひとはもう老年に踏み出しているのです。三郎衛門さん、あなたの子孫は五人で、真の友人が二人。そう、三郎衛門さんはもう、とうに老年に入っているんですね。それがあなたにあらわれている重大な徴候です」(95ページ―「おぎん」)

「男には、借金十両のうち、五両を即金で、残りの五両は、毎年一朱ずつの年賦で返済するようお命じになった。一年に一朱ずつ、五両、返済するとなると八十年かかるが、すべて返済したところで、娘を火あぶりの刑に処する。……おわかりですか、結局のところ、娘は八十年間は無事、つまり無罪同様になったわけです。私はこれと同じお裁きをお願いするつもりです」(165ページ―「おみつ」)

「雨といっしょに四文銭がこんなに降ってるよ」
その声をきっかけに雨粒が礫となって屋根を打ち始めた。その破れ太鼓を叩くような雨音の中で、おこうさんがご亭主のまき散らした銭をゆっくりと拾い集めていた。(267ページ―「おこう」)

たしかに巧くて、鮮やかなのですが、これを楽しめるかどうかも、意見が分かれたところです。映像に向く鮮やかさだといえるでしょうか。

アジール

男から縁切りを言い出すことは割合簡単だったのに比べて、女が離縁を望むのは相当覚悟がいることだったようです。
その覚悟を決めた女を受け入れるアジールとして、 江戸から50キロ離れた鎌倉にある東慶寺は機能していました。

どうしても亭主が縁切りを認めないときは、東慶寺に入山して寺法を守り、五辛酒魚禁止の尼僧と同じ毎日を送る。五辛というのは、にんにく、ねぎ、にら、あさつき、らっきょうなど、辛味や臭味のある野菜のことで、精力がつき、色欲を育てるから食べてはいけないのである。こうして二十四ヶ月、辛抱すると、晴れて「生娘」の身の上に戻り、そのあと、どこに嫁入りしようと勝手次第……(347ページ―「珠江」)

男女のいざこざはいつの世も変わらない。それをテーマに、江戸の風物を織り交ぜながら決して重くならずに楽しく書かれた作品でした。読んだ後に、鎌倉に行くと、味わいも深まるかもしれませんね。

「この世が始まって以来、ずっと強いっぱなしなんです。昔からの言い伝えを思い出してごらんなさい。たとえば、男は天下を動かし、女はその男を動かす。(178ページ―「惣右衛門」)

「わたしが講釈するのもなんですが、これは、この広い世界のどこにも女が安住できるところがないという意味でしょう。小さいときは親に従い、嫁になれば夫に従い、年をとったら子に従うのが女のつとめ、ですから、どこにも女の極楽はない……」(179ページ―「惣右衛門」)

東慶寺のページはこちら

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