Amazon.co.jp ウィジェット

coffee &
paperbacks

a little time for reading and chatting with a cup of coffee

coffee & paperbacks は、同じ小説を読んできてあれこれおしゃべりをする、誰でも参加歓迎ののんびりとした読書会です。

Archives

NUMBER
1
TITLE 人間の土地(新潮文庫)
AUTHOR サン=テグジュペリ
DATE 2013年3月20日 16:00~
PLACE Nさんの家
NOTE 終了後はそのまま飲み会

about the author

星の王子さま』で知られるフランス人、サン=テグジュペリ(1900~1944)は、郵便輸送のパイロットとして、欧州・南米間の飛行航路開拓などにも携わった。
26歳で作家デビュー、飛行士としての体験に基づいた作品を発表。著作は世界中で読まれ、有名パイロットに。
後に敵となるドイツ空軍にも信奉者はおり、サン=テグジュペリが所属する部隊とは戦いたくないと語った兵士もいた。
第2次世界大戦では、飛行教官を務め、のちに偵察隊に配属された。ところがフランスはドイツと講和。
動員解除で帰国後、1940年、アメリカへ亡命。

亡命先のニューヨークから、志願して北アフリカ戦線へ。
1944年7月31日、フランス内陸部を写真偵察するため、ボルゴ飛行場から単機で出撃、地中海上空で行方不明となる。

2004年に、海から彼の飛行機がひき上げられた。『ラ・プロヴァンス(電子版)』に、当時ドイツのパイロットだったホルスト・リッパート曹長がサン=テグジュペリの偵察機を撃墜したとする証言が公開された。
リッパート自身もサン=テグジュペリ作品の愛読者だといい「長い間、あの操縦士がサン=テグジュペリではないことを願い続けた。彼だと知っていたら撃たなかった」 と語った。

from the facilitator

そんな伝説的な飛行機乗り作家サン=テグジュペリ、『星の王子さま』以外にも『南方郵便機』『人間の土地』『戦う操縦士』などたくさんの作品を残 していますが、ぼくは読んだことがありません。
百年の誤読 海外編』(豊崎由美・岡野宏文)というブックレビュー本(読書案内としておススメ。爆笑確実です)では、『夜間飛行』を激賞し、「その他の作品も素晴しいのでぜひ読んでみてください」とあります。
ちなみに、ジブリの宮崎駿さんも大ファンで、このすてきな飛行機の絵は宮崎さんのペンによるもの。『夜間飛行』(新潮社)の装画も。

読書会を終えて

小説かと思って読み始めたら、サン=テグジュペリの郵便飛行士としての経験に基づく、すさまじいエピソードをいくつか並べたエッセイ集でした。
経験談とはいっても、比喩を多用し、脚色も多少(けっこう)入っていそうで、テイストは物語に近い。
ただ、具体的なエピソードにいきなり抽象的な思考が交じってくる独特の文体、ちょっと古い訳文もあって、すらすら読めるという感じではなく、「手ごわい」。230頁の読破に3晩くらいはかかります。

美しく印象的なエピソードがもりだくさん。
サン=テグジュペリの奔走によって自由の身となった奴隷の物語

「飛行機の前方には、二百人のモール人どもが集まっていた、人生に向かって門出する一人の奴隷が、どんな顔つきをするものか、見てやろうと。」

「茶を注ぐことで、自分が一人の自由な人間を礼賛しているのだ」

彼が餞別の1000フランを、子どもたちのためにぱあっと散財しちゃう理由が悲しい。
砂漠に墜落し水をもとめて命がけで彷徨うクライマックスは、読んでるこちらがのどが渇きました。

雄々しく凛々しい、「男子の倫理」の本

「きみの心に、この出発を促す種を蒔いたかもしれない政治家たちの大言壮語が、はたして真摯であったか否か、また正当であったか否か、ぼくは知ろうとも思わない。種が芽を出すように、それらの言葉がきみの中に根を張ったとしたら、それは、それらの言葉が、きみの必要と一致したからだ。それを判断するのはきみ一人だ。麦を見わける術を知っているのは、土地なのだから。」

「彼もまた、彼らの枝葉で広い地平線を覆いつくす役割を引き受ける偉人の一人だった。人間であるということは、とりもなおさず責任をもつことだ。」

自らへの配慮を超えて、他人への責任を持つこと、これを「精神」と言い、作者はこれに最上の価値を置いています。精神があってこそ、人間は存在する意味があると言います。

「生命に意味を与えるものは、また死にも意味を与えるはずだから」

ラストシーン、フランスから夢破れて故国に引き揚げる三等列車のポーランド人たちのみじめな姿に、

「いまぼくを悩ますのは、慈悲心ではない。永久にたえず破れ続ける傷口のために悲しもうというのでもない。…ぼくを悩ますのは…これらの人々の各自の中にある虐殺されたモーツァルトだ。」

と嘆き、

「精神の風が粘土の上に吹いてはじめて人間になる」

と結ばれて本が終わります。

美しい一文だけれど、みじめなポーランド人たちは本当に「精神」を失ったといえるのでしょうか。
巻頭、夜間飛行の上空からぽつりぽつりと人家の灯りが浮かび上がるのを見て、「あの灯りのなかの一人一人に想像をめぐらさなければいけない」と言ったひとにしては、ちょっとざっくりと切り過ぎた感もします。

食事のシーンがほとんどなく、女性がほぼ出てきません。

きっと現実には多々あったろう酒場や売春宿での逸話が、たぶん意図的に、書かれていません。

「愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向をみることだと」

命の危険をくぐり抜けた男たちの友情ドラマ。男の話なのに、下世話な部分がない。それが立派でロマンがあるのだけれど、ちょっとふくよかさに欠ける面もあると感じます。
他の本、たとえば『夜間飛行』ではそういうしょうもない部分が描かれているのでしょうか。

ジブリへの影響

新潮文庫のカバー画を描き、解説(素晴しい!)まで寄せている宮崎駿さんへの影響はすごいようで、

「たとえば、メルモスが、はじめて、水上機で、南太平洋を横断したときのこと、彼は日の暮れ方に、黒鳴戸の付近を通過した。彼は見た、前方に、竜巻の尾が幾本となく立ちはだかって、それが、分一分と、あたかも壁を築きでもするように、密集して来るのを。」

なんて、まんま「ラピュタ」。全体的に、読んでいて、「紅の豚」そのものだとみなさん思ったようです。
また、庭師の話など、随所に『星の王子さま』を想わせるエピソードも。

神様も出てこない

当時としてはだれもみたことがないビジョンを見ている人の物語なのに、「神様もいちども出てこない」という指摘がありました。
作家は「神の死」を宣言したニーチェの没年、1900年生まれ。神なき世紀に、人間の尊厳や自由の大切さ、未開の地の開発、未知の世界の認識

「ぼくらは、夜の中へ、タラップを放つ必要があるのだ。」

を謳った作家だといえそうです。